しかし皮肉なことにそれは現実にはいつまでも勝てないんだろう。僕が高校二年の時に何かの拍子で好きになった女の子は、黒髪ショートヘアの華奢な人だった。その真面目さから空回りすることが多く、たまに不安そうな顔をした。僕と話すときは本当に楽しそうで、僕の行き場のない怒りや悩みも彼女にはたくさん打ち明けた。手に取るように分かるほど、僕は彼女に惹かれていた。同時に彼女も僕をよく思ってくれていたようで、僕が想いを打ち明けると彼女は快く答えてくれた。そんな体験をした僕が彼らを追わないわけがなかった。メンバー個人の愉快な性格を知り、テレビに出るとディスクに落として何回も見た。Base Ball Bearのすべてを愛し、信じていた。そんなある日、湯浅さんが脱退した。それから僕が“PERFECT BLUE”に出逢うまでにそう長い時間はかからなかった。今度は本田翼は一人ではなかった。でも今回ははっきりとしたテーマとして「死」を感じた。「慟哭〈1〉」、「君は翔んだ〈1〉」、「君の知らない季節〈1〉」。これらの表現に僕は病みつきになった。でもどうしようもないほど、この曲はさわやかで、夏の雨のあとの水たまりのように、キラキラしていた。Base Ball Bearとは?と聞かれたら。聞かれたことなんてもちろんないが、僕は「湿っぽい」と答える。あくまで、僕はベボベをめちゃくちゃ知っている「つもり」でいるので、「青春」とか「夏」みたいなイメージよりも、カースト上位の間を縫って歩いてきた人たちの泥臭い青春を、湿っぽくも、美しくさせる魔法のような水しぶきを創るのが“Base Ball Bear”だ。こんな結論にいたるまでの日々に僕の青春があった。最初に聴いたときは甘酸っぱい青春のラブソングだと思ったが、聴き返していくうちにその奥にある死を感じた。それから、本田翼はもう死んでしまったのではないだろうか。この女の子はもうこの世にはいないのではないだろうか。そんなことを思った。映像の独特なざらつき、本田翼の孤独感、割れた赤い風船の破片などもそう感じさせるようになってしまった。中学三年の夏、なんとなくYouTubeで曲を聴き流していたときに“short hair”が流れた。メロディと本田翼が良くて何度か聴き返した。「真夜中のニャーゴ」での小出さんの状況説明は相変わらずの整理整頓力でわかりやすかったが、それでもまだわからなかった。もう終わったと思った。ベボベを聴いても湯浅さんのギターソロや、小出さんのカッティングとミックスされたリードギターの主旋律の美しさにめまいがした。まだ生で見たことがなかったのに。一本のギターでは奏でられない旋律がすごく悲しく僕の耳に響いた。しかし僕はこれからもベボベは三人でやっていくとひたすら信じて、待ち続けた。だから「光源」は本当にお気に入りの作品になったし、「ポラリス」でホリくんが歌いだしたときは地下鉄でニヤついてしまった。今思えば、その頃はベボベを全くといっていいほど聴いていなかった。言葉がわからない外国語の曲を聴いたりしていた。当時の僕に歌詞や言葉など要らなかった。現実がよくできていたから。今は特に浮足立った話もないが、ベボベを聴かなくなった。特に理由はない。怒りも悩みもある。ただベボベにもたれるのをやめたのだ。他の支えが増えた。それだけである。またいつか聴き漁る日々が来るだろう。きっと。結局、その女の子とは縁がなく、別れてしまった。もちろん苦しかったし、悔やんだりもした。それを埋めようと手を伸ばしたとき、無意識にiPodから流したのはやっぱりベボベだった。
この作品はいくつもの感動的なシーンがある。それはあるテーマが根底にあるからだ。「子供たちが成長して、死と向き合うというのが大きなテーマだ。」マクフェールは言う。「ゾンビ映画はすべて社会的な疑問を投げかけている。 達観なんてできないし、「つまらない人生を送ってるな」なんて言われた日には青春の怨嗟を込めた目で相手を睨みつけるのもやむなし。 10代の青春が死に、諦めた風の青春ゾンビのなりそこない。 それがリアルな30代(の一部)である。 いる。 坂元裕二『ユーリ ЮЛИИ』 - 青春ゾンビ エンタメ カテゴリーの変更を依頼 記事元: hiko1985.hatenablog.com 適切な情報に変更 ショッピングカートの商品は出し入れ自由です。気に入った商品が見つかったら、どんどんカートに追加しましょう。主演・瑛太×満島ひかり、音楽・辻井伸行で贈る心震えるヒューマンドラマ。悲劇を背負った男女のふれ合いを中心に、時の止まっていた家族が明日への希望を見出そうと懸命に生きる姿を丁寧に描く。瑛太は友人に妹を殺害された被害者の兄、満島ひかりはその加害者の妹という“本来出会ってはいけない悲劇を背負った男と女”という難役を演じる。ディレクターズカット完全版。フルフィルメントby Amazon™というサービスを利用している出品者の商品になります。これらの商品は、Amazonフルフィルメントセンターにて保管・管理され、Amazon.co.jpが商品の梱包、出荷、返品などを代行しています。フルフィルメントby Amazonの商品は、Amazon.co.jp が販売している商品と同様に国内配送料無料(条件あり)やAmazonプライム®の対象になります。悲劇を背負った男女とその家族が明日への希望を見出す姿を綴った、瑛太、満島ひかり主演によるドラマのBOX。湖畔の釣り船屋の息子・洋貴は湖で見知らぬ女性がいるのを発見するが…。全11話を収録。 青春の孤独を見つめる詩人のデビュー詩集。『万有引力とは ひき合う孤独の力である』『宇宙はどんどん膨らんでゆく それ故みんなは不安である』 青の本 ネイチャー・プロ編集室 星空の 谷川俊太郎 質問 …
音楽文(オンガクブン) powered by rockinon.comは、音楽を愛する書き手と読み手が出会う投稿サイトです。更新は毎平日20時、月間賞の発表は毎月10日を予定しています。邦楽・洋楽ともに、批評、ライブレポート、エッセイ、コラムなど、熱い音楽文がいつでも読めます! 「それでも、生きてゆく」ディレクターズカット完全版 (初回封入特典終了) [dvd] 瑛太 (出演), 満島ひかり (出演) 形式: DVD 5つ星のうち4.5 49個の評価 再度の交通事故で生きていた頃の記憶が復活した代わりにゾンビになってからの記憶を失ったさくら。生きていた頃はどれだけ努力してもそれが全部報われなかった。だから自分は何も持っとらんと言うさくらに巽は俺が全部持ってるんだ、お前を見捨ててやらん! それにしても、オタクという人種はロマンチストである。この映画の告白シーンや主人公の一途な愛をみると、つくづくそう思う。オタクはロマンチックな物語が大好き。それもまた、本作が教えてくれる … あまりの素晴らしさに改めて震え、『最高の離婚』と今作とどちらが坂元裕二の最高傑作であるか、という悩ましい問いを自分に課しております。観終えたばかり、というのもあるけれど、『それでも、生きてゆく』ラストに2話における境地を最高傑作としたい気持ちが強い。 坂元裕二と是枝裕和、この字面の並び!!何度だって反芻したい。坂元裕二×是枝裕和トークショー『ドラマの神様は細部に宿る』に参加してきたのだ。”テレビドラマ”を語るにおいて、この上ない組み合わせを実現させた早稲田大学演劇博物館に溢れんばかりの感謝を。
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折しも突如東シナ海で発生した爆弾低気圧が九州北部に接近していた。画像だけ見た時は台風か!と思ったのだが、冬場の低気圧。猛烈に発達した低気圧は佐賀県に記録的な大雪をもたらす。そう言われても状況は理解出来たものの気持ちは生きていた最後のままで、自分は何も持ってない。自分が関わったら全てがダメになると言うのだけは相変わらず。だからアルピノのステージの四日前になってもみんなの練習をすみっこで見ているだけ。こうして何とかさくらはライブ前日には練習に立つ。やってみたら身体の方は覚えていて歌もこなす事が出来た。それでもやはり不安は拭えない。自分が関与したらうまく行かないのではないか。バスも止まってしまった天候なのに、アルピノの前には大勢のファンがつめかけていた。もう見てる方もステージが成功するかどうかハラハラして迎える。真ん中に達ながらもさくらは相変わらず不安を抱えている。そしてそれは的中して、雪の重みでアルピノの屋根が崩壊を始めた。驚きと共にやっぱりと思うさくらだったが、他のメンバーはそれに全く動じないで歌い続ける。驚きながらも見つめる観客。裏方はライブの中止をしようとしたが巽はそれを制止。やがて屋根の崩壊は極限に達してステージは大崩壊。やはり自分が居るからダメなんだ。そう思ってさくらはマイクから手が離れかけた。そこに手拍子が鳴り響く。巽が一人で。それに応えて愛がサキが純子が次々と歌を再開した。観客もそれに呼応して手拍子を開始。やがてさくらも歌い始めた。そのうちに懸命の復旧作業で音響も復活して「ヨミガエレ」を高らかに歌い上げるフランシュシュ。巽がそこに入って来て、おまえらこれで終わりと思うなよ!フランシュシュの戦いはこれからだ!と観客のアンコールに応える様に言うが、その声がうれしさにうわずっていた。アンコール曲「FLAGをはためかせろ」でグッドモーニング アゲイン SAGAを歌った。Your browser does not support iframes.ゆうぎりの必殺技だけでさくらが考えを変える訳でもないが、それはきっかけで、自分達はさくら抜きでの成功よりもさくらを入れての失敗の方が望むと言うのだ。愛も、あのさくらがテレビで見たとおりだった。努力を諦めない。再度の交通事故で生きていた頃の記憶が復活した代わりにゾンビになってからの記憶を失ったさくら。生きていた頃はどれだけ努力してもそれが全部報われなかった。だから自分は何も持っとらんと言うさくらに巽は俺が全部持ってるんだ、お前を見捨ててやらん!と叫ぶ。 ゾンビを演じるのは二度目です。何かルールがあるわけではないのでその都度、ゾンビ像を創ろうと思うのですが、今回はゾンビになるまでに生きてきた人間の個性やディテールを大切に描いた脚本に …